こんにゃくのブログ

『美女と野獣』

こんにちは。

先日、TSUTAYAに寄ってみました。

そしたら、なんと『美女と野獣』がようやくレンタル開始になっているではありませんか!

実は映画館で見たいなあ~と思っていたのですが結局その機会を逃してしまった作品…。
DVD出たら絶対見たい!と思っておりました。

ということで、さっそく借りていくことにしました。
今回はこの作品を取り上げたいと思います。

『美女と野獣』 監督:ビル・コンドン
原題: Beauty and the Beast



あらすじ

ロココ時代のフランス。
森の奥にある城には、若くて美しが、全てが思い通りになるためにわがままになってしまった王子が住んでいた。
ある雨の日の夜、老女が雨宿りをさせてほしいと一輪の薔薇を差し出すが、王子は老女の醜さを嘲り城から追い出そうとした。
しかし、たちまち老女は美しい魔女に変身する。王子に優しい心がないことが分かった魔女は王子を醜い野獣に変え、召使いたちも家財道具へと変えてしまった。魔女は「薔薇の花びらが全て落ちるまでに、愛し愛されることを学ばなければ、呪いは永遠に解けない」と告げ、人々から王子たちの記憶を消し去ってしまうのだった。

それから歳月が流れる。
とある村にベルという村一番の美貌の持つ女がいた。
ベルは読書と空想が大好きな本の虫だった。そのせいで、村の人たちからは変わり者だと見られ、あまり馴染めず浮いた存在となっていた。ハンサムで人気者のガストは執拗に求婚してくるが、ベルはガストンの乱暴でうぬぼれ屋な所が好きではなかったためその申し出を断り続けていた。

そして、父・モーリスはある日オルゴールを売りにパリへ出かけていったが、森の中で道に迷ってしまう。そして狼に追われたモーリスは偶然見つけた城の中へ逃げ込んだ。しかし、城の中で用意されていた食事を城主の歓迎だと思いこみ手をつけようとしたところ、突然喋りだしたカップに驚きたちまち外へと飛び出す。その時庭で偶然見つけた薔薇を見て、モーリスはベルに薔薇をお土産にと頼まれていたことを思い出し、一輪だけ薔薇を摘もうとする。すると、それを見ていた城主の野獣がモーリスを捕らえ、監禁してしまう。

村へと帰ってきたのは馬のフィリップだけだった。それを不審に思ったベルは父を探すため、フィリップと共に森の奥の城へと向かう。
ベルは城の中で捕らえられたモーリスを見つけた。モーリスは庭の薔薇を一輪摘んだ罪で牢に入れられていた。城主である野獣に身代わりになるか、と聞かれベルは父親の身代わりとなることを条件にモーリスを解放する。
こうして城に残ることになったベルを、城の召使いのポット夫人やルミエール、置時計のコグスワースなどは盛大に歓迎した。しかし野獣の凶暴なふるまいに思わず城を逃げ出してしまう。フィリップに乗って城から出たものの、すぐに森の中で狼の群れに襲われてしまい危機一髪のところで野獣によって助けられる。狼から助けた際に野獣が負った怪我を看病しているうちに、ベルは野獣の心の中の優しさに気付いていく。野獣もベルと過ごしているうちに人間の心を取り戻していった。

2人だけの舞踏会を終えた後、ベルは魔法の鏡でモーリスが危ない目にあっていることを知りショックを受ける。モーリスは村に戻って、森の奥の城に野獣がいることを皆に伝えたが、誰も信じてはくれなかった。変人扱いされ、ガストンによって精神病院へと運ばれそうになっていた。野獣はベルに魔法の鏡を与え、一刻も早く父親の元へ行くようにと城から解放するのだった。

ベルは村に帰り、父親が嘘をついていないということを証明しようとして、魔法の鏡を使って野獣の姿を映し出す。しかしそれは人々の恐怖を煽るだけだった。
そして、ベルが野獣を庇うのに対して嫉妬したガストンはこの野獣は恐ろしい怪物でベルに魔法をかけていると吹聴し、ベルを父親と一緒に精神病院行きの車へと押し込めてしまう。ガストンは野獣を殺すべく人々を焚き付けて先導し、森の奥へと向かっていった。
ベルは野獣にこの襲撃を知らせるためにモーリスと協力し、監視の目をかいくぐって森へと向かっていくのだった。

ベルを失い自暴自棄になっていた野獣は侵入者の報告を受けても、流れに身を任せるばかりだった。召使いたちの反撃のおかげでほとんどの人間たちは城から逃げていったが、ガストンだけは野獣を追いかけ残っていた。途中、ガストンに追いつめられるも野獣の圧倒的な力はガストンを超えていた。野獣はガストンを地上へ放り出そうとしたが、ガストンに「野獣」と呼ばれたことによってその行為を思いとどまり、ガストンを見逃す。しかし、ガストンは逃げだと見せかけ背後から銃で狙い撃ったのだった。
急所を撃たれて倒れる野獣にベルは駆け寄り、涙をこぼした。そして、冷たくなってしまった野獣に「愛している」と言ってキスをすると突然現れた魔女によって呪いが解かれ、野獣の体は金色のベールに包まれた。
野獣の姿はみるみるうちに王子の姿へと変わり、家財道具となっていた城の召使いたちも元の人間の姿を取り戻した。人々も魔法によって忘れていた彼らのことを思い出す。
こうして二人はモーリスの祝福のもと、幸せに結ばれることとなった。



感想


1991年にディズニーアニメ作品として大ヒットを記録した「美女と野獣」のイメージを引き継ぎつつ、新たな「美女と野獣」としてリメイクされた作品となっています。

衣装や建物などのセットがとてもよく作り込まれていて、その世界観には圧倒せざるを得ませんでした!冒頭の華やかな舞踏会や村での日常風景、酒場の宴会などを見事に再現。
特に、ベルが舞踏会で着るあの黄色いドレスはすごいです。ベルがくるりと回るシーンではそれと合わせてドレスがふわりと揺れるのですが、その姿の美しいこと…。惜しみなくあしらわれたドレープにため息が出ますね。

アニメ版と実写版を比較した動画がありました。





私はこの映画で外見で判断せず内面を見抜くことの必要さを感じました。
ガストンが村の人々を引き連れ野獣を倒しに行く場面ではベルが「野獣が優しい」と主張しても信じようとはせず、「外見が美しく、強くて頼りになる」ガストンの言うことを信じて村人たちは簡単に扇動されてしまいます。

この時にガストンの子分であるル・フウが「夜襲の歌」でこのように歌っています。


“そうとも けだものはいる 俺の目の前にも”
(日本語吹き替え版)


“There's a beast runnning wild
There's no question
But I fear the wrong monster's releasted”






ここで言っている「けだもの」とは城の中にいる野獣のことではなく、ガストンのことを指しています。いくらベルが今まで村人から変人扱いを受けていたからといって、ベルの言うことを全く聞かずに人々を焚き付けるガストンを見て、ル・フウは何か感じ取ったようです。今までガストンのことを慕ってついてきていたル・フウですが、段々と暴力的なガストンのやり方に疑問を持ち始め、不安そうな表情でガストンや怒り狂う村の人々を見やっていました。

ちなみにル・フウを演じたジョシュ・ギャッドはあの「アナと雪の女王」のオラフを演じた俳優です。
言われてみれば確かに、という感じで納得しましたが、聞くまで全く気付かなかったのでびっくりしました(笑)
調べてみたら、他にも有名な作品にいっぱい出演されていました。
『スティーブ・ジョブズ』、『ピクセル』、『アングリーバード』、『オリエント急行殺人事件』などなど…




もう有名すぎて知ってる話だと思っていたのですが、アニメ版の雰囲気を残しつつ、新たなテイストが加えられているため欠伸が出てしまうようなことはないでしょう。個人的にああいう衣装がとても好きなので、画面にくぎ付けでしたが。

まるで本当にミュージカルを見ているみたいな映画です。最新作なのでちょっとまだTSUTAYAじゃお高いですが…ぜひ見てみてください~!




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『イントゥ・ザ・ウッズ』(Into the Woods)

こんにちは。
最近は風邪が流行っていますね。
大学校内だけでなく、電車の中でもマスクをしている人をチラホラみかけます。
私も家族の風邪がうつったらしく、喉が痛い&体調が悪いので
このところはマスク生活をしております。


今日は映画を紹介したいと思います。


『イントゥ・ザ・ウッズ』 監督 ロブ・マーシャル
原題:『into the woods』


予告




あらすじ

パン屋の夫婦は森のはずれでひっそりと暮らしていた。
ある日隣に住む魔女から、自分たちが子供を授かれないでいるのは魔女の呪いのせいなのだということを告げられる。

その呪いの発端は、パン屋の主人の両親まで遡る。
パン屋の主人の母親は、かつて子供(パン屋の主人の妹)を身ごもっていた時に「ラプンツェル(レタス)を食べたい」と夫にどうしてもと強く頼んだ。夫は妻のために隣人の魔女の家の畑に侵入して盗みを働いてしまう。
魔女は罰として、盗んだ代わりに生まれた子供を差し出すように言い、その子供を塔に隠して閉じ込めてしまったのだった。

しかし、パン屋の主人の父親は盗みをした際に魔女の魔法の豆も盗んできていた。その豆は、魔女の母親が魔女にかけた呪いで、盗まれたことによって呪いは発動し、魔女は醜い老婆の姿へと変えられてしまったのである。

そして、その呪いをとくためには〈ミルクのように白い牛〉、〈赤い頭巾〉、〈黄色い毛〉、〈金色の靴〉が必要で、用意できれば夫婦にかかっている呪いをといてあげようと魔女は言った。
タイムリミットは、青い月がでる3日後の午前0時。
父親のジャケットのポケットに入ってた魔法の豆をもって、パン屋の主人は森の中へと入っていった。

そして、夫婦は森の中でシンデレラ、ジャックと豆の木、赤ずきん、ラプンツェルなど童話の登場人物たちと出会う。
彼らもそれぞれの目的を果たすため、森の中へ入ってきたのであった。
シンデレラは舞踏会に出たいという願いのため、ジャックは牛を売るために隣町にいくため、赤ずきんは祖母に会いにいくため…。

(ネタバレ注意)

森の中では各々が各々の童話にちなんだストーリーで進んでいく。
様々な困難が立ちはだかるも、最終的に夫婦は無事に魔女の指定したものを揃えることができた。
呪いをとく魔法は見事発動し、醜い魔女は若く美しい姿を取り戻し、パン屋の夫婦も子供を授かることができたのであった。
他の登場人物たちも御伽噺通り、幸せな結果を迎えた。

しかし、物語はここでは終わらなかった。

シンデレラと王子の結婚式の日、大きな地震が急に襲ってくる。城だけでなく道や家々まで崩壊してしまうのだった。

そして、パン屋の主人は父親らしく振舞えないことに悩み、シンデレラは王室の暮らしに幻滅。ラプンツェルは今まで塔の中にいたせいで外の世界がとても怖く、魔女は若さを取り戻した代わりに魔法の力を失ってしまったことを嘆いていた。
ジャックには、かつて木を切り落として殺した巨人の妻が、夫の復讐をしにやってきていた。シンデレラの城を崩壊させたのは巨人の妻の仕業だったのである。
彼らの不幸はこれだけでは終わらず、パン屋の妻は巨人の妻から逃げて、崖から落下して死んでしまう。そして赤ずきんの母親と祖母、ジャックの母親も巨人の妻によって殺されてしまう。ラプンツェルは王子と遠くに逃げたため、魔女は娘のように思ってた彼女を完全に失う。シンデレラは途中、王子がパン屋の妻と浮気したのを知って別れた。

次々と襲い掛かってきた不幸に対し、シンデレラ、ジャック、赤ずきん、パン屋の主人らはお互いに責任を擦り付け合うが、最終的にすべて魔女のせいだと口々に非難する。
責められた魔女は、わざと母親の呪いを自分にかけて姿を消してしまった。

残された者たちは生きるために巨人を倒すことを決意する。
そして、なんとか巨人退治に成功したが、彼らには帰るところがなかった。

ジャックと赤ずきんそしてシンデレラは、パン屋の主人に誘われ、彼の元で住み込みで働くことを決意。
彼らは、変わり果てた森を抜け、村まで歩いていく。
魔女は、お伽話こそが呪文。子供は耳を傾けている、と警告するのだった。


感想


『イントゥ・ザ・ウッズ』は1987年に初演された、ブロードウェイ・ミュージカルです。
ディズニーは、この作品をほぼオリジナルのまま映画化しているそうです。
そんなに童話に詳しいわけじゃないのですが、4つの童話(シンデレラ、赤ずきん、ジャックと豆の木、ラプンツェル)をうまく混ぜてるなあと思いました。シンデレラの靴を義姉たちが履こうとするシーンではグリム版通り、足を切り落として押し込めようとするのはよかったと思います。とんでもなく痛そうでしたが…。


舞踏会で出会っただけで結婚までしてしまうような王子が、ちゃんとシンデレラを幸せにできたのだろうか…
亭主を殺された妻の巨人はその後どうしていたのか…
などといった様々な童話の“その後”をテーマにして語られる物語を、見事にひとつのストーリーにして仕上げています。
映画館で初めてみたときは、ちょっと置いて行かれた感がありました(笑)
次々と展開が変わっていきますし、英語版を字幕で見ていたので、やはり2回くらいは見た方がいいと思います。
私は映画を見た後に家で音楽だけを聞きまくって、ああ、こんなこと言ってたんだ~という感じで段々理解できた気がします。

思っていたより明るい話ではないし、気づいたら残酷な話になっていたりするので、子供向けではなく、大人向けと言っても差し支えないでしょう。

様々な登場人物が出てきますが、中でも私は魔女が今までの魔女のイメージを覆すようなキャラクターだったなと思います。
魔女というと、悪役のイメージが強いですよね。もちろん呪いをかけたり解いたりするので、絶対的な力を持っているという点では悪役にピッタリだとは思います。
しかし、彼女の行動はすべて愛する娘・ラプンツェルのためだったのです。
魔女は自分が美しく若くあれば、ラプンツェルが塔の外に興味など持たず自分と一緒にいてくれると思っていました。だから、パン屋の主人を使って呪いをとこうとするんですね。
しかし、可愛がるあまりにきつく縛り付けてしまいすぎたのが裏目にでて、魔女はとうとうラプンツェルを失うことになってしまいます。
親が犯してしまいがちな過ちを魔女にさせることによって、非常に複雑な、魔女なのに同情せざるを得ないようなキャラクターになっているんじゃないかなと思います。そして、メリル・ストリープの歌声は本当に魔女にハマリ役でした!

ぜひ見てみてください~
ではこれで。



『博士の愛した数式』


こんにちは。
大学の文化祭も終わりましたが、色々準備していた割にはあっという間だったなあと感じています。
高校の文化祭とかとはまた雰囲気が違って新鮮でしたね。中庭のところにステージが設置されていたりして。友人がその設営に関わっていたのですが、いや本当にすごいと思います。何メートルもある梯子に登るなんて言うのは、高い所が苦手な私には到底無理だろうなあと思いました。

今回は小説を紹介したいと思います。


『博士の愛した数式』 小川洋子

あらすじ

10歳の息子とアパートで暮らす「私」はシングルマザーの家政婦でした。
ある日、「私」は家政婦紹介組合からある家へ派遣されることになります。
それは、数学専門の元大学教授の「博士」の家でした。

博士は47歳のときに巻き込まれた交通事故により、新しい記憶が80分しか持続しません。そのため、博士の体中には大切なことを記したメモが貼ってありました。

ある時博士は「私」の誕生日である2月20日の220と、博士が大学時代に獲得した学長賞の腕時計の文字盤の裏の数字、No284の284、これは友愛数の関係であるのだと教えてくれました。
友愛数とは、異なる2つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が互いに他方と等しくなるような数をいいます。

数学にしか興味を示さない博士に「私」は当初困惑しましたが、博士の数学への情熱に触れるうちに「私」は親しみを抱くようになりました。

ある日「私」に10歳になる息子がいることを知った博士は息子を家に連れてくるようにと言いました。
次の日連れてきた息子を、博士は息子の頭のてっぺんが平らなことから「ルート」と名付けました。

ルートはなんでも数学に例える博士の話を楽しく聞いていました。

そして、ルートと博士、そして「私」は阪神のファンでした。博士の記憶は江夏が活躍していた1975年で止まっていましたが、3人は野球観戦に行くことになりました。

しかし、野球観戦から帰ってくると博士は熱を出して寝込んでしまいます。
その看病のために「私」は博士の部屋へ泊ることになったのですが、それが依頼主である博士の「義姉」の出した規約を違反することになり解雇されてしまいます。

解雇された後も息子ルートは博士の家へ遊びに行ってしまうのですが、それが義姉に「お金」が目的だと思われてしまいます。
そんなつもりは全くない私たちは、ただ博士に「友達」として会いたいだけなのだと主張しました。

そしてついに義姉に受け入れられ、再び博士の家政婦になることになりました。

ルートの誕生日になると、博士はグローブをルートに贈り、そしてルートと私は江夏のユニフォームを博士に贈りました。


数年後――
数学の教師になったルートは、こうした博士との思い出を、クラスの生徒たちに語るのでした。



感想


最初は博士が数学にしか興味がないような人なんだなあと思っていましたが、
たったの80分しか記憶が持たないことに、もちろん博士は悲しみを感じているわけであって。
記憶の中とは姿が変わってしまったその人をその人だと認識することができない悲しみはどれだけ深いのだろうと思いました。

平凡な日々がどれだけ尊いか、記憶が残っていくことがどれだけ大事なことなのかを感じさせてくれる作品です。

また、この物語には数学の話がいくつもでてきます。
喋るのが苦手な博士らしい会話の手段として、上手く使われているのが印象的でした。


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『スノードーム』 愛の物語



今回は私のお気に入りの小説を紹介したいと思います。

『スノードーム』 著: Alex Shearer 翻訳: 石田 文子





あらすじ




青年・クリストファーは若い科学者。
彼の研究は、「光の減速器」の研究。
「光の減速器」は、光の速度に近づくと質量が無限に増してゆくのならば、逆に闇の速度に近づくならば、モノはすべて限りなく収縮して、極小になってゆくのではないか、という理論を用いていた。

そんなクリストファーには、神経質なくらい大切にしているスノードームがあった。
彼は同僚のチャーリーにでさえ、それには触れさせようとはしなかった。

スノードームはごく普通のもので、液体で満たされたガラスの中に、ミニチュアの街並みや風景を見ることができるものだ。

しかしある日、クリストファーはそんな大事なスノードームを机に置いて行ったまま、突然姿を消してしまう。

チャーリーはその後処理をしている際に、自分宛の手紙と物語の書かれた原稿が残されているのに気が付く。

そこには衝撃的な物語が綴られていた。

これはクリストファーの幼いころの話。
この物語の主人公はクリストファーの知り合いだった、芸術家エックマンである。

彼は、精巧なミニチュアを作る芸術家だった。彼は聖書にある「ラクダが針の穴を通る」という言葉を文字通り、針の穴にラクダの模型を作り上げるほどの技術を持っていた。
そんなエックマンは新しい作品として、ミニチュアの街を作っていたが、自分の世界には動きが欠けている、生命が欠けているとして以前から好意を抱いていた町の踊り子の女性・ホッピーを秘書に雇い、彼女をモデルにして模型を作りあげた。

エックマンは何とか彼女の気を引きたくて、食事に誘ったりもした。
そして、町の広場で踊ることがあれば、惜しみなく金を入れに行った。

しかしホッピーには愛する人とその連れ子がいたことを知って、エックマンは絶望した。
その愛する人というのはクリストファーの父のことで、連れ子とはクリストファーだった。

2人は愛し合っていたし、クリストファー自身もホッピーがいつか自分の新しい母親になるのだと思っていた。

クリストファーの父とは違って、醜い小男だったエックマンは彼への嫉妬と憎しみで心が歪んでいった。

そしてついにエックマンは恐ろしい行動に出てしまう。
その結果、ホッピーとクリストファーの父は突然姿を消してしまい、クリストファーは身寄りを失って1人ぼっちになってしまうことになる。
それがエックマンのせいだとは知らずに、クリストファーはエックマンに引き取られることになる。


そして数年後。

エックマンは死に、クリストファーはホッピーと父、そしてエックマンの間に起こった事件の真相を知ることとなった。

そして、クリストファーは愛する家族に再び会うため科学者となり、研究を始めたのだった。



その物語を読み終わったチャーリーはタイトルがつけられていなかったその物語に「Speed Of The Dark(闇の速度)」という題名をつけた。



感想


シアラーの『青空のむこう』を読了済みだったので、これも似たような子供向けの分かりやすいものと思いきや…いい意味で裏切られました。
タイトルからは想像できない深い物語ですし、登場人物一人ひとりに人間として魅力的なものが感じられるところが素晴らしいと思います。


あらすじで察したかもしれませんが、この物語の中心となるのはクリストファーの残した原稿、「闇の速度」の方です。
間違いなくこちらの物語の主人公はエックマン氏でしょう。

彼が、クリストファーたちにやったことは許されることではありませんが、どうにも憎み切れません。愛する人に振り向いてもらえない素直な苦しみが繊細に表現されていて、読んでいるこちらまで心が痛くなります。

例えば、あらすじでも触れたエックマンがホッピーを食事に誘ったときの話ですが、エックマンはこう語っています。

気になる異性と食事に行く。私は食事の後ちょっと散歩などしてもいいようにそのあとの時間も空けてある。でもその人は言う。「この後用事があるから」と。相手が私のために用意したのは食事の分の時間だけ。やましいことを期待したわけではない。ただほんの少し、もっと一緒にいたいと相手にも思ってほしかった。

もちろんホッピーは恋人がいて、エックマンには全く気がないのですから当たり前ですが…。
エックマンは孤独で悲しい天才で、愛されることを知りませんでした。それでも、引き取ることになったクリストファーを立派に育て上げ、ちゃんと愛していたからこそ、全てを知ったクリストファーはあのような行動に出たのだと思います。


読み終わってから再び装丁を見ると、本当に物語にぴったりな素敵な装丁だなあと感じざるを得ません。

映像化したらきっと面白いだろうな~って思います。

では今回はこれで。



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『美しい日本のくせ字』


小さい頃に習字教室に通っていた影響もあるのでしょうが、私は人の書く字を見るのが好きです。

書道の授業で出した作品とかだけじゃなくて、授業のノートとかも友達のをよく見せてもらったりしました。

でも別に綺麗な字を見たいんじゃなくて、「こういう字の書き方もあるんだ!」とか「この人がこの字をかいたのか~」という発見をするのが結構面白い。


それで先日、学校の図書館で字に関する面白そうな本を見つけました。

『美しい日本のくせ字』 井原奈津子



この本には様々な人の手書きの文字が写真付きで載せられています。

王羲之、稲川淳二、レディ・ガガといった有名人の手書き文字だけではなく、カレー屋の看板や道端に落ちていた原稿用紙の文字などもピックアップされているのが面白いところです。

その量は、ちょっとした資料として使えるくらいじゃないかなと思えるほどです。

本当にいろんな手書き文字が出てくるので、写真を見ながら
「ああ、こういう字の人もいるよなあ」と思ったりするんですけれど、筆者がその写真につけているコメントをじっくり読んでみると、筆者の日々の生活に文字が密着しているのを感じます。どうやら、筆者は日常生活でも常に文字に注意を向けているみたいで、文章の視点からそれは何となくわかります(笑)
筆者は本当に文字が好きなんでしょうね。


ちなみに、稲川淳二さんの文字は(SNSで一時期話題になったのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが)本当にすごいので必見です!
稲川淳二さんは怪談話の人っていう印象しかなかったのですが、実は工業デザイナーとしての活動もしていらっしゃるとか。
あのバーコードリーダーや車どめは稲川淳二さんがデザインしたらしいです。

彼の字はまるでプリントアウトしたみたいにすごい綺麗に整っているので、最初に見たときは普通にパソコンなどのフォントを使って作ったのかと思いましたl。

まさに「稲川フォント」


見たら絶対驚くと思います。


とにかく、この本を読んだ後は自分の「くせ字」はこの本に載っていたものと比べてどんな字だろう、と気になって文字を書きたくなって仕方がなくなります(笑)
練習帳もついているのですが、図書館の本なので流石にできませんでした。



自分の字にはどんな「くせ」があるのか、発見してみようと思ういいきっかけづくりになると思います!


パラパラ捲るだけでも結構面白いんじゃないかなと思うので、興味があったらぜひ図書館に行ってみてください~。




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